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大阪地方裁判所 昭和31年(ワ)3909号 判決

原告 アシヤテイツク・コンソリデーテツド・カンパニー

右代表者代表組合員 ジオルジ・ラオ・ハピツク

右訴訟代理人弁護士 平林真一

被告 小西貿易株式会社

右代表者代表取締役 山本豊

右訴訟代理人弁護士 岡部頼三

主文

一、被告は原告に対し、アメリカ合衆国通貨金一五、〇〇〇弗およびこれに対する昭和三一年六月三日から支払済まで年六分の割合による金員を支払え。但し、被告は前項アメリカ合衆国通貨債務をその支払時の為替相場により日本通貨をもつて支払をなすことができる。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

三、この判決の第一は原告が金一五〇万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

一、原告が一般商品の輸出入貿易を営むフイリツピン共和国法令により設立された組合であり、被告が原告と同一業務を営む株式会社であるとの原告主張事実は被告において明らかに争わないから自白したものとみなす。そして、昭和二六年四月一七日原告代理人訴外マニユエル・ヴイスタン・ジユニア弁護士と被告との間に、原告を買主被告を売主とし、セロフアン紙(品質無色第三〇〇号)一、〇九二リームを価格一リームにつきFOB神戸米貨二一弗替、船積期間三〇〇ないし五〇〇リームは昭和二六年五月中に、残数量は同年六月中に積出すこと、荷造ブリキ張箱入、支払条件信用状、特約として原告主張の条項の売買契約が成立したことについては当事者間に争がない。

二、原告は右売買契約の前記「契約不履行のときは、買主は売主から事実上並びに実質上の損害の形式で米貨一五、〇〇〇弗を受取る権利がある。」旨特約は被告の債務の履行を強制、確保する目的を以て特に約定されたものであつて、損害賠償の額の予定であるとともに強制罰の趣旨をも含むものであり、契約の全部不履行の場合のみならず、一部不履行の場合にも右予定賠償額全額を請求しうる趣旨である旨主張するのでまず右特約の性質について検討する。

本件売買契約は日本国内で締結されたことは当事者間に争がないところ、原告において右契約の効力につき日本、フイリツピン何れの法令に依るべきかの点について別段の定めをしたとの主張立証がないから、本件契約の効力は法例七条二項により行為地法である日本法により決せられることになるところ、実損額の賠償の他に支払うべき違約罰と実損害の賠償に代えての賠償額の予定とを兼ね備えるということは不合理であるので、本件特約がそのいずれであり、また後者とすればいかなる損害を予定したものであるかは、結局本件特約の成立に至つた事情と当事者の意思を推測して決しなければならないところである。

成立に争いのない甲第一号証、外国の官庁又は公署が作成したと認められるので真正に成立したと推定される甲第七号証の一、二≪中略≫証人大橋豊の証言(但し後記認定に反する部分を除く)を総合すると次の事実が認められる。

原告は被告と昭和二五年一〇月三一日無色第三〇〇号セロフアン紙三八〇リームを一リームにつき、FOB神戸米貨一四弗三〇仙替、船積期間昭和二五年一一月中荷造包装はブリキ箱、支払方法信用状による旨の売買契約を締結し(第一契約)、被告のため神戸香港上海銀行を通じ取消不能信用状第一〇二一三号を開設し、更に同年一一月一〇日価格を一リームにつきFOB神戸米貨一五弗一仙二分の一替、船積期間昭和二五年一二月より翌二六年一月まで、品質包装、支払条件は第一契約と同一内容のセロフアン紙一一六五リームの売買契約を締結し(第二契約)、(第一、二契約の成立については当事者間に争がない)前記銀行を通じ信用状第〇五二七号を開設したが、被告は右信用状の有効期間の延長方を申入れてきたのみで右約定期間に商品を船積みしなかつた。翌二六年二月五日頃被告は原告に対し、値上りにより商品を引渡すことができなかつた旨弁疏し、価格を一、〇〇〇リームについては、一リームにつきFOB神戸米貨二〇弗、二百リームについては同一四弗三〇仙、船積期間を二六年二月から三月に変更するよう申し入れてきたので原告はこれを承諾し、前記信用状の有効期間を同年三月三一日迄延長したが、原告の重なる督促にもかかわらず、被告は約定の船積期間を経過しても商品を船積みしなかつた。そこで原告は昭和二六年四月頃マニラ市在住の訴外マニユエル・ヴイスタン・ジユニア弁護士に対し、原告を代理して被告に対し前記第一、二の契約の不履行に関し適切な手段をとりうる権限を授与したところ、同訴外弁護士は、原告代理人として被告と昭和二六年四月一七日本件売買契約を締結し、そのさい前記のとおり被告第一、二各契約を全然履行しなかつた経緯に鑑み、特に本件契約の履行を確保するため、「万一契約不履行のときは、買主は売主から事実上並びに実質上の損害の形式で米貨一五、〇〇〇弗を受取る権利がある、但し連合国最高司令官及び日本国政府が命令することあるべき其の他の費用を含まないこととする。」旨の特約条項を付し、被告に対し債務不履行の場合なかんずく、等級、品質、包装の違反、費用の過当要求、契約価格の違反等不完全履行の場合には直ちに予定損害額の全額を請求することができることとする旨申し入れ、原告はこれを承諾したことが認められる。以上の認定に反する大橋豊の証言の一部は措信せず他に右認定を左右するに足る証拠はない。

以上の事実に、さきに認定した本件契約の代金総額が二二、九三二弗であるに拘らず、右予定賠償額が一五、〇〇〇弗である事実並びに本件契約が信用状開設によるFOB契約であつて開設された信用状に対し約定どおりの価格で仕切つて船積みすることが重要な契約履行の方法であると考えられる点と前記甲第七及び九号証の各二によるマニユエル・ヴイスタン・ジユニアと原告代表者本人の供述を参酌すると、前記本件特約は、これによつて被告の債務不履行を防止する意図を有するものではあるがなお、これによつて前記の様な等級、品質、包装方法、契約価格の違反等の不完全履行により生ずる全損害が右予定賠償額の支払によつて賠償されるものと看做される賠償額の予定であつて、前記の様な契約違反が存する限り損害の有無、多少に拘らず原告はその全額を請求し得、裁判所はこれを増減できないものというべきである。なお、前記甲第七及び九号証の各二によれば、数量不足をもその契約違反に含めるが如き供述が存するけれども、単なる数量不足の場合は、原告はさらにその履行を請求するか又は先渡した代金の一部返還を求め得るものであり、若しそうでなく本件特約が右予定賠償額の請求により契約関係そのものをも清算してしまうものとするときは、前記契約の代金総額より予定賠償額が下廻つている本件において、その不足数量が著しく多い場合は極めて不合理な結果となるから、本件特約により予定された損害中には数量不足に対する顛補賠償はこれを含まないと解するのが相当である。そこで契約違反の存否について判断する。

三、まず被告が昭和二六年五月中に本件契約に基き約定のセロフアン紙二五〇リーム、七二〇リームを二回にわたつて船積したが、右七二〇リームは包装を約定によりブリキ箱詰とせず、ターポリン紙包装としたことは当事者間に争ない。

被告はターポリン紙による包装はその長年の経験よりすればブリキ張包装と同様な効果があり、このことは広く是認されているところであるから、ターポリン包装はブリキ箱包装と同視すべく、これをもつて債務の本旨に従つた履行がないということはできない旨主張するが、証人大橋豊の証言によれば、包装はメーカーに一任したものでターポリン包装が商品を損傷させるものであるかどうかを考慮していなかつたことが認められ、更に外国の官庁又は公署が作成したと認められるので真正に成立したと推定される甲第八号証の一、二によれば、ターポリン包装のため相当の量のセロフアン紙が膠着していたことが認められるので、被告の右主張は採用できない。なお被告は、仮りに多少の損傷があるとしても必ずしもターポリン紙包装によるものでない旨主張するが、賠償額の予定がなされた場合、債権者は債務の不履行の事実を証明すれば、損害の発生及びその額を証明せず予定賠償額を請求できるのであるから、この点の被告の主張も又失当である。

右のとおりすでに包装方法に違反が存する以上、爾余の点を判断するまでもなく、被告は予定賠償額を支払うべき債務を負つたものというべきであるが、原告はなおこれと並んで、契約価格の違反とこれに伴う数量不足の点においても被告に契約違反があつたと主張するので念の為にこの点についても判断する。数量不足の点はそれだけでは、本件特約によつて清算される損害の範囲にないこと前段説明のとおりであり、契約価格の違反といつても被告において一方的に単価を改めて計算したことにすぎず、これによる損害は結局数量不足に帰せられるものと考えればこれを独立に採り上げて云々することは不相当である。然し乍ら前記認定の様に本件契約は貿易取引であり信用状開設によるFOB契約であるから、一旦仕切値段に違反して商品を約定数量より少く船積してしまえば、後にこれを追完することは事実上極めて困難(法律上不可能ではないかも知れないが)となる(即ち、商品の船積(輸出)には、通商産業省令の定めに従い外国為替公認銀行に一定の書類を提出して、当該貨物に対する支払が既になされ又はそれが確実に行われることを証して認証を受けなければならないから、一旦開設された信用状を使い果してしまつた場合後日不足分を船積みしようとしても右支払手段を証明することがむつかしく、また、FOB契約であるから相手方の再配船がなければならないが、それを要請することも困難であろう)のであり、相手方はこれにより相当の損害を蒙ることが予想されるから、数量不足そのものについては、契約上その補完を求め得るとしても仕切値段を違反して船積したことについてはまた別途にその責任を追求できるものと考え得る。ところで被告が原告主張の七二〇リームにつき、約定単価一リーム二一弗に反して二三弗替で船積をしたことは当事者間に争ないが、被告は右違反は、市場価格の異常な急騰という被告の責に帰すべからざる事由にもとずくと主張するので判断するに、証人大橋豊、同井上昌治の証言によれば、被告が前記当事者間に争のない二五〇リームを船積した後、日本国内において物価騰貴のため、一リームの値段が二五弗位になつてしまつたので、被告は原告の事後諒解を取り付けるつもりで一方的に一リーム二三弗替で船積し、ために約定どおりの額面で開設して来た原告の信用状を使い果たし結局残一二二リームの船積をしなかつたことが認められ、他にこの認定に反する証拠はない。然し乍ら、この様な国内相場の高騰による損失の負担は特段の事情なき限り売主たる被告に帰せらるべきであつて、右被告の処置が一般貿易取引上、已むを得ざるものとして看過されるべきであるという被告の主張は首肯し難く、他に本件において、右の様な場合その履行方法の違反が許容せられるという当事者間の特約乃至商慣習も立証されていないし、また、右違約の点につき原告において後日これを追認したと認むべき証拠もない(この点に関する証人大橋豊、井上昌治の証言は前記甲第七号証の二の記載に照らしてもにわかに措信し難い)。そして、右事情があつたとしても、なお仕切値段違反につきこれを不完全履行の原因として約定予定賠償金を請求することは何ら信義則に反するとも認められない。

よつて、この点に関する被告の主張も失当として排斥を免れない。

四、次に被告は、仮に前記特約に基く予定賠償額の支払債務を負担したとしても、同債務は被告と原告代理人マニユエル・ヴイスタン・ジユニアとの間で示談契約により解決済であると主張するが、前記甲第七号証の二によれば、マニユエル・ヴイスタン・ジユニアは、本件契約締結の際には、原告から代理権を授与されていたけれども、その後、昭和二六年六月再び来日した際には、本件契約の処理に関しては何ら原告から代理権を授与されていなかつたと認められ、他にこの際、同人が原告の代理権を有していたと認められる証拠はなく、証人大橋豊、井上昌治の証言中、この点に関する部分も、委任状等確実な資料によつてこれを確めたものではないので、これらをもつて同人が代理権を有していたと認めることはできず、また、前記甲第五、六号証の記載によつても、甲第五号証による代理権の範囲は、前記第一、二契約の不履行に関してこれを整理して本件契約を締結する迄に限られるものと認められ、これによつて本件契約関係の事後処理に関してまで代理権を有していたとは認められない。よつて、被告の右マニユエル・ヴイスタン・ジユニアに本件契約不履行に関する示談交渉についての原告を代理する権限があつたことを前提とする主張は、其の余の点を判断する迄もなく失当として排斥を免れない。

五、そうすれば、被告の主張はいずれも理由なく、結局被告は原告に対し本件約旨に基き、前記不完全履行を理由として、米貨一五、〇〇〇弗を支払うべき義務があるところ、成立に争のない甲第四号証の一、二、によれば、原告は右賠償金を平林真一を代理人として昭和三一年五月六日被告に到達の書面を以て、該書面到達の日から一週間以内に支払うべき旨を催告したことが認められるから、右一五、〇〇〇弗と、これに対する右催告期間を経過した昭和三一年六月三日以降完済まで商事法定利率である年六分の割合による遅延損害金との支払を求める原告の請求は全部理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を仮執行の宣言につき同法一九六条を適用し、なお、被告が支払うべき右米貨一五、〇〇〇弗につきこれをその履行時における法定為替相場により日本円で支払つてもよい旨の宣言を求める部分も民法四〇三条により理由があるので認容して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 入江菊之助 裁判官 潮久郎 本吉麗子)

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